住所不定無職でニュージーランド放浪中のひろたつってどんなやつ?

ひろたつのプロフィール

はいどーもです。
住所不定無職でニュージーランドを放浪中ひろたつ(@hirotatsuuu)といいます。
どうぞよろしくおねがいします。

はじめに

あらためまして、お金を使わずにニュージーランドを放浪しているひろたつ(@hirotatsuuu)といいます。
ここでは「世界のひろたつから」の管理人をしている、ひろたつのプロフィールをご紹介します。
次の「とりあえずこんなやつ」だけでも目を通していただけると「こいつがどんなやつか?」というのがわかると思います。
よろしくお願い致しますm(_ _)m

とりあえずこんなやつ

簡単なひろたつ(@hirotatsuuu)の自己紹介を15個の箇条書きで行います。

  • 1994年12月8日生まれ東京出身23歳独身のひろたつです。
  • 幼少期は結構活発な子供でよく外で遊んでいました。
  • 小学生の時にビジネスセンスの片鱗を見せたっぽいです。
  • 中学生の時はバスケ部でした。いつもベンチを温めていました。
  • 高校は剣道部でしたが、つまんなくて幽霊部員になって毎日友達の家で麻雀をしていました。
  • 大学では情報通信工学ってのを学んだらしいです。
  • これまでTheフツーな人間でした。自分の意見を持たないつまらない人間でした。
  • そんな中、就職活動の時に初めて自分と向き合いました。
  • そして自分の生き方を考えるようになりました。
  • 大学生の時に初めてヒッチハイクをしました。人の温かさを感じました。
  • 大学生の時に初めて海外に行きました。価値観の違いに驚きました。
  • 都内のITの会社でエンジニアを1年と4ヶ月していました。
  • 23歳で会社を辞めて住所不定無職になりました。
  • ヒッチハイクで日本一周しました。日本はやり尽くした感を得ました。
  • ニュージーランドで放浪しています。 (👈イマココ)

以上です。
この先は、飽きるまで世界を旅し続ける予定です。

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より詳しく知る

上の「とりあえずこんなやつ」である程度の僕の人生の流れはお話しました。
ここでは、僕のより詳しい人生の流れや心境の変化、なぜ今のような状態になっているのかをお話します。
もし「もっとこいつについて知りたい!」と思っていただけたのなら、先に進んでいただけると嬉しいです。

ひろたつ、生まれる

都内某日。

ある一人の男の子が産声を上げました。
1994年12月8日の出来事です。

同じ時。

ドイツで、レントゲニウム(別名 ウンウンウニウム)が発見されました。 原子番号111番の元素です。

はい、えー

僕が生まれたのはドイツではありません。上に書いたとおり「都内」です。
杉並区という、都内でも自然が多くのどかなところに生まれました。

キリスト系の幼稚園にて

生まれてからすぐに父親の仕事の都合で一年くらい新潟の長岡というところにいってたらしいです。が、記憶にございません。

幼稚園はキリスト系でした。ご飯の前にいつもお祈りしてました。
今でもそのくせが残っていて、ホームステイ先でよく「prayするってことは、宗教はキリスト系?」って聞かれます。

幼稚園の頃にハマっていたのは、遊戯王カードとゴーゴーファイブです。

その頃「ショウくん」という仲の良い友達がおりましたとさ。
ある日、ショウくんが僕に一枚の遊戯王カードをくれました。
「エビルナイトドラゴン」というというカードです。

このカード、この前部屋を掃除していたら発見されました。スリーブ三重にして厳重に保管されていました。
意外と僕は、こういう律儀というかしっかりとしているところがあるんです。と言うと友達に否定されます。

小学生でちょっとしたビジネスセンスを感じさせる

家から徒歩5分くらいの小学校に通っていました。こんなやつでした。

小学生の時のひろたつ

その頃「イタチダくん」という仲の良い友達がおりましたとさ。
ある日、図工の授業で使った画用紙でカードゲームを作りました。「ハゲツルカード」というものです。
これを、、、大量生産しました。スキマ時間にどんどん新しいカードを作りました。
そして、そのカードを周りの友達に売りました。一枚500円くらいで売れましたね。
その売上で、カードショップに行って2000円ほどする遊戯王カードを単品で購入しました。
それが問題になり、担任の先生に怒られた記憶があります。

今思うと、簡単なビジネスをしていたんですね。
これが僕のビジネスに初めて触れた経験だと思います。

中学生でゲームにドハマリ

中学生の時はバスケ部でした。が、それ以上にゲームをしていた記憶が強いです。

小学生の頃に初めて買ってもらったニンテンドーDSの「マリオカート」と「どうぶつの森」にマジでハマっていました。
中学生の時の塾の送別会を、前日にどうぶつの森を朝までやっていて寝過ごしました。

また、この頃一番ハマっていたのが「モンハン」です。2Gですね。
同世代の人なら、、わかりますよね?本当に言葉の通り「全員」やっていました。
学校の授業中も放課後も塾の前も塾の後も休日もやっていました。

そんな感じで、僕はハマったらとことんまでやってしまうタイプの人間です。
楽しい!と思ったらずっとやっています。そのかわり飽きるのも早いですね。

高校生の記憶は麻雀一択

高校では剣道部に所属してました。が、全然ハマらなかったので幽霊部員になりました。
そして友達の家に行って麻雀をしていました。その記憶しか無いです。

高校の成績は中の上くらいでした。普通よりは少し良いくらいですね。
大学受験をしたくないと思ったので、高校の成績を使って指定校推薦で大学を決めました。
自分の成績で指定校推薦が取れる大学の中で、文字通り「なんとなーく」楽しそうだなと感じたところに決めました。ま、フィーリングってやーつです。

この頃は、自分がしたいことや自分の意見、意思などはありませんでした。将来はサラリーマンになると思っていました。
一言で言うなら「Theフツー」な人間でした。

大学生ではバイト三昧

大学では情報通信工学とやらを学んでいたらしいです。
なぜこの学科を選んだのかよくわかりませんが、なんとなく興味があったんだと思います。あくまでもなんとなく。
結果論ですが、この選択は最善手だったと思います。あくまでも結果論。

というわけで、大学生の時はアルバイトをとても頑張っていました。
いや、頑張っていたというよりそれしかすることがなかった。

大学生のアルバイトの王道中の王道である「マクドナルド」でアルバイトをしていました。
週に6~7日働いてました。月に20万円以上稼ぐときもありました。年間103万円の壁ってやつを超えていました。
そして、マクドナルドのアルバイトで100万円を貯めました。特に目的は無かったです。
これは、後の海外で使うことになります。

就職活動が人生の転換点

大学3年生から「就職活動」というものが始まります。
僕は最初「とりあえずどこでもいいから内定貰ったところにいこう」って思ってました。

就職活動が始まり「学チカ」や「自己PR」とやらを書くことになりました。
僕は自己PRを書くのにとても苦労しました。なぜなら僕は今までなにもしてこなかったからです。
「Theフツー」な人間は自己PRを書くのがとても難しいのです。僕はその壁にぶち当たりました。

「僕は今まで何をしてきたのだろうか」
「僕はこれから何をしたいのだろうか」
「僕はどういう人生を歩みたいのだろうか」

僕は、初めて「自分と向き合う」ということをしました。
そして、初めて「自分の人生」というものを考えました。

就職活動自体は「それっぽさ」が重要なので、僕の今までの人生のお話でも内定はいくつか頂けました。
その中で2つの会社で悩みました。小さめのITのエンジニアの会社と皆さんご存知京○ラ系の大きめな会社です。

理系だったので研究室とやらに所属していたのですが、その先生に相談すると「京○ラの方にしろ」と言われました。
以前なら自分の意思を持たずに周りの意見に流されて決めていたと思います。が、今回は自分で考えて決めることができました。

僕は小さめのITのエンジニアの会社に行くことを決めました。
正直、決めた理由は完全なる「フィーリング」ですが、初めて自分の意思で自分の人生を決めたという感触を得ました。

これが僕の人生の転換点です。

初めてのヒッチハイクで人を好きになる

都内某所。
(正確にはマクドナルド用賀インター店前)

僕はプラカードに「名古屋方面」と書いて道の曲がり角に立っていました。
いわゆる「ヒッチハイク」というやつです。

2016年7月24日の出来事です。

なぜこの状況に至ったか。
当時僕は「ホリエモン」とやらにハマっていました。友達には信者と言われていました。

ホリエモンに会いに行きました

ホリエモンに会いに行きました

別にホリエモンが好きだったわけではないですが、ホリエモンの本をいくつか読みました。
その中で「ゼロ」という本で「ヒッチハイク」というものを知りました。

僕の中では、「ヒッチハイク」は都市伝説のようなもので本当にできるものなのか?と思っていました。
僕はその疑問を自分の身を使って、実際にやってみました。

結果、できたんですね。

この経験から、自らの行動で、まだ見ぬ世界へ行ける。ことを知りました。
また、ヒッチハイクを通して多くの人から優しさを頂いて、「」ってこんなにも魅力的なものなんだ。と感じました。

初めての海外経験

2016年7月31日。

気がつくとそこは、フィリピンのマニラでした。

僕は今まで一度も日本を出たことがありませんでした。
なので、このフィリピンのマニラは僕の初めての海外経験でした。

初めて日本以外の地に降り立って、初めて異なる価値観に触れました。
ここで、僕が今まで生きてきた世界がどれだけ小さかったのかを痛感しました。
世界にはまだまだ知らないことがある。自分の手でもっと色々なものに触れたい。見たい。感じたい。
僕の好奇心が刺激されました。

初めて、自分の人生でしたいと思えることに出会ったような気がしました。

大学卒業よりも海外とヒッチハイク

初めて海外に行ったのが大学4年の夏の出来事です。
そこから大学を卒業するまでに、行ける限り海外に行きました。

  • フィリピン(マニラ)
  • ベトナム(ホーチミン)
  • アメリカ(グアム、ハワイ、ロサンゼルス、ラスベガス、フェニックス、サンディエゴ)
  • メキシコ(ティファナ)
  • フランス(パリ)
  • クロアチア(ドブロブニク、ザダル)
  • イタリア(ミラノ、ヴェネツィア)
  • スイス(ツェルマット、ベルン)
  • タイ(バンコク)
  • カンボジア(シェムリアップ)
  • マレーシア(クアラルンプール、コタキナバル)

合計11カ国行きました。

また、ヒッチハイクの魅力に魅了されて、初めて名古屋へのヒッチハイクを成功させた後、日本のピンとキリへ行きたいと思いました。
なので、北海道博多へヒッチハイクで行きました。日本の上から下までヒッチハイクで行くことができました。

正直、大学卒業よりも海外とヒッチハイクを優先していました。研究室の先生からは「本当に卒業させないからな」とまで言われていました。
しかし、卒業研究の最終発表の少し前から研究室に通い詰めて、なんとか卒業させていただきました。

僕は僕の意思を持って僕なりのプライオリティを付けて行動を選択していまいた。もちろんリスクはあったかもしれませんが、ちゃんと僕の意思が入っていました。
僕は、学生生活の最後の最後で「」を得ることができました。

波乱万丈のエンジニアへの道

学生生活ギリギリまで海外へ行っていたため、会社の入社式当日の朝に帰国してそのままの足で入社式に向かいました。
ちゃんと予定通り入社式には間に合ったのですが、会社の役員の人に怒られました。

また次の日から新入社員研修が始まったのですが、時差ボケで目が開かなくなりました。
案の定、会社の先輩に怒られました。

そんな幸先悪い感じで始まったエンジニアへの道ですが、僕はエンジニアに向いていたと思います。

論理的思考力。情報のキャッチアップ力。数学力。行動力。
これらはエンジニアに必要不可欠な要素であって、これらを僕は持ち合わせていたらしいです。

さらに、僕はコーディングを楽しめていました。自分の頭の中のイメージを形に落とし込むことが快感でした。
家でもずっと自分のパソコンをカタカタしていましたね。それだけハマっていました。

なので、大学の時に学んだ情報通信工学というのはフィーリングで決めましたが、正しい選択だったらしいです。
フィーリング」は自分が思っているよりも、しっかりと「最適解」を導き出す。ということを知りました。

会社を辞めて住所不定無職になる

2018年8月1日。

僕は四六時中、家のベットの上にいました。
昼夜逆転というか寝落ちするまでパソコンをカタカタしていました。

なぜでしょうか。
それは会社を辞めたからです。住民票を抜いたからです。

僕は住所不定無職になりました。

僕は23歳で1年4ヶ月働いた会社を退職しました。
退職理由は完全なる自己都合です。一言で言うなら、世界一周をしたいからです。
会社の社長にもそう言いました。

「世界一周をしたいので、会社をやめようと思っています。」

社長は僕の背中を押してくれました。とても良い会社でした。
僕はビーチサンダルが好きだったので、春夏秋冬毎日ビーサンで出社していました。
好きな時間に好きなパーカーを着て好きなビーサンを履いて好きな人達と好きなエンジニアの仕事をする。

最高にラブリーな会社でしたが、それ以上に世界一周をしたいという僕の強い意志がありました。
ということで、晴れて住所不定無職になりました。

ヒッチハイクで日本一周をする

2018年8月某日。

僕は大きなバックパックを背負って家を出ました。
バックパックの中にはテントや寝袋、着替えが入っていました。

そして、家の近くの大通りからヒッチハイクを始めました。

僕は、ヒッチハイクで日本を一周しました。

なぜか。
僕はこれから世界一周をするんだったら、日本くらい一周できていないとあかんくね?って思ったからです。

ヒッチハイクは先が不透明な移動手段ですが、僕は住所不定無職なので先が不透明なことはおかまいなしです。
というわけで、ヒッチハイクで日本一周をしました。

詳しくはこちら

ヒッチハイク日本一周の旅(完結編)

英語の重要性を感じてニュージーランドへワーホリする

僕は学生の頃にバックパックを背負って少しだけ海外を旅しました。
ホステルやモーテルなどを転々しながら自由気ままに旅をしていました。

その時に安宿で出会った他の旅人とのコミュニケーションが、、取れなかったんですね。
この時初めて僕の英語力の無さを痛感しました。そして、英語力の必要性も感じました。

というわけで、英語力をどうにかするためにニュージーランドのワーキングホリデービザを取得しました。
海外に長期滞在すればある程度のレベルにはなるだろう。という魂胆です。

詳しくはこちら

なぜ僕が英語を喋れるようになりたいのか?

お金を使わずにニュージーランドを放浪する

2018年9月10日。

僕は、羽田空港にいました。
そして、クアラルンプールやゴールドコーストを経て、12日の夜にニュージーランドのオークランドに降り立ちました。

世界一周をするという理由で会社を辞めたのですが、まずはその前に自分の英語力を向き合わなければと思い、現在ニュージーランドにいます。

しかし、23歳で会社を辞めたので、ほとんどお金を持ち合わせていません。
というわけで、僕は「お金を使わない」ワーホリをすることにしました。

最低限の必要になるお金の出費は下の3つだと考えました。

  • 食費
  • 滞在費
  • 移動費

これらの出費を抑えることができれば、お金を使わずに旅が出来ると考えました。
では、どうやってこれらの出費を抑えるのか。

まず、移動費については「ヒッチハイク」で解が出ました。
飛行機や船などはしょうがないとして、陸路の移動は基本的にヒッチハイクを中心としました。

また、食費と滞在費については「WWOOF」というサービスが僕の解となりました。
詳しくはこちら

ニュージーランドでWWOOFを使ってホームステイしてみた

僕は、ヒッチハイクとWWOOFで文字通り「お金を使わずに」ニュージーランドを放浪することできています。

このようにして、僕は「住所不定無職でニュージーランドを放浪中」のひろたつとなりました。

ひろたつの活動内容一覧

最後に、僕の活動内容を下で紹介しています。ぜひ覗いてみてください。

SNS活動

  • Instagramでは、ニュージーランドの日々の生活をシェアしています。投稿頻度多めです。
  • Twitterでは、ニュージーランドの情報やブログでは言わないことを独断と偏見かつ自由気ままにつぶやいています。
  • Facebookでは、主に他のSNSの更新の共有を行っています。

ユーチューバー活動

Youtubeでは、バカなことやVLOGを公開しています。不定期更新です。

フォトグラファー活動

Instagram(Photographer)では、不定期で僕が撮影したインスタ映えする写真を公開しています。
(僕の写真館へは下の画像がリンクです。)

ひろたつの写真館

ブログ運営

当ブログ(「世界のひろたつから」)を運営しています。
世界のひろたつから」では、ニュージーランドを放浪中のひろたつ(@hirotatsuuu)が毎日ニュージーランド放浪記を更新しています。(下の画像がリンクですw)

ニュージーランド放浪記

他にも、僕の興味関心のあることをシェアしています。

おわりに

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
ここまでで僕がどんなやつか、おわかり頂けたかと思います。

僕は、住所不定の無職でお金がなくても海外で生活をして自由気ままな人生を歩むことが出来ることを自分の身体で証明します。

以上、「住所不定無職でニュージーランド放浪中」のひろたつ(@hirotatsuuu)のプロフィールでした。

今後とも、こいつをよろしくお願い致しますm(_ _)m

ニュージーランドを放浪中のひろたつ

住所不定無職でニュージーランド放浪中のひろたつ